next stage

人生の岐路で感じることを伝えたい

無事にヨガの試験に受かりました!

先日無事にヨガの試験に受かり欲しかった資格をもらいました!!

 

そして人生の岐路は終わり進むべく道が無事に見つかりました。

 

あとはこの道を邁進していきたいと思います。

自分で見つけ出した道

神様に与えてもらった道

色々な人に教えてもらった道

 

人生の岐路ではなくなった今、このブログの目的がなくなってしまったのですが

 

今後も思うことがあれば素の自分を文章で表現出来る場所としてここは続けていきたいと思っています。

 

更新頻度は落ちると思いますがマイペースで続けます。今後ともよろしくお願いします!

 

私たちはみんな毎日何かを学んでいる

クリスマスも終わり一気に年末の空気がしてきましたね。駆け足で今年もあっという間に終わりそうですね。騒がしい流れだからこそ、それに飲み込まれず落ち着いて今の自分を意識して毎日を過ごしたいです。

 

私は朝にその一日の目標を作ることが好きです。

日頃からこうなりたいと思っていることがあるのですがすぐに忘れてやることに追われて一日が終わってしまうので、一日単位で目標をたてそれを心がけるようにしています。

 

例えば、今日一日だけは空いた時間に掃除をする!とか、今日一日だけは一つも嘘をつかない!とか。一日だけなら何とかなるけど毎日はなかなか続けられない。そういう目標を立てています。

 

毎日って繰り返しているようにみえて全く同じ一日は存在しません。雲が常に少しずつ形を変えているように私たちの毎日も必ず何か昨日までとは違っているところがあります。

 

どうして毎日って変化するんでしょうね。

そういうものだと一言で片付けてしまっても良いのですが、そこに意味を持たせるとしたら、私たちが学ぶためではないかと思うのです。

 

同じ問題ではすぐにクリアしてしまうから問題が少しずつ変化している。応用問題のように。

 

さまざまなパターンを学んでいるんです。

もしそうだとしたら何のために学ぶんでしょうね?

 

その答えは私にもまだはっきりとは分かりませんが、きっと自分を知り他人を大切にするために学んでいくんだと現時点では思っています。

 

そしていつか自分や他人という垣根もなくなり世界が一つと心から感じられる日が私にも来るのかな。どんな感覚なのだろうか。

少しだけかすかに感じたことはあるけれどすぐにいつもの感覚に戻ってしまった。

いつかどっぷりと世界との一体感を感じてみたいなと思います。

 

そして今日も学びます。

今日の私の目標は「自分から発信する」です。

いつもどちらかというと内向的なタイプで話を聞く方で自分から動く方ではない私ですが今日一日だけはどんどん自分から話しかけ、良いと思ったことを勇気を持って発信していこうと思います。

 

みなさんは今日をどんな一日にしたいですか?

 

何のイベントがない日だって大切な学びの一日です。今日を大切に良い一日をお過ごしください。

隣人を愛す日

今日はクリスマスイブですね。

キリスト教にちなんで今日は日頃私の側にいてくれる隣人達に感謝の意を伝えプレゼントを贈りました。時世の都合でオンラインのラインギフトにしました。

 

クリスマスってなんだか恋人と過ごす日のようであんまり好きになれなかったのだけど

本来は自分を大切にし隣人を愛する日ですね。

 

恋人に限らず家族だったり友人だったり、いつも隣にいてくれる人に感謝し愛を伝える日。

 

こんなことして余計に気を使わせるのではないか?とかいつもの心配性の私が顔を出し迷いましたが

 

自分が良いと思ったことはやる。

行動をすることに決めたのでしっかり一方的に贈りました。

 

みんな喜んでくれるといいな。

人とつながろう

こんな時期だからこそ人と積極的に繋がりたい。対面がダメならオンラインでもいいじゃないか。会ったこともない遠くの人でもいい。今までの自分の考えをどんどん変化させて新しい形で人と関わっていく方法を見つけよう。

 

人の不安に寄り添って喜びを一緒に喜び合う。人との繋がりはオンラインでも行える。

 

直接会えないことを寂しく感じることもあるけれど会えないコミュニケーションだからこそ良い面もきっとたくさんある。

 

無い物を嘆くより有るものに感謝しよう。

 

ヨガの言葉でサントーシャという言葉がある。

日本語で知足という。足りるを知る心が大事だという言葉だ。

 

今私には好きなことを自由に活動出来る時間もあれば遠くても応援してくれる仲間もいる。

このブログで会ったこともない人たちも暖かく見守ってくださっている。

いつもありがとうございます。心から感謝します。

お金に関するブロックを外したい

お金に関するブロックがある。

 

お金が無いのは恥ずかしいこと。

働いていないことは恥ずかしいこと。

お金をもらうのはいけないこと。

お金を借りるのはいけないこと。

お金について話すことは下品なこと。

 

 

いつのまにかそういう考えが私の中にある。

そういう思い込みをなくしてしまいたい。

 

もっとお金を愛し、お金に対して明るく接したい。

 

お金はとても便利で楽しいもの。

 

これからはお金と一緒に楽しい時間を作っていきたい。

 

お金は

人の気持ちを形にする素敵な道具

夢を叶える強力な味方

生活を豊かにし心に余裕を作るもの

 

そんな風に自分の中のお金のイメージを変えていきたいと感じた。

 

お金を嫌いな人の元にはお金は集まらない。

お金を愛し大切に使ってくれる人がお金も好きなのだ。

 

お金は使う時に「友達連れて帰ってきてね」と声をかけるといいともいう。

 

お金自体に意思があるとすると面白い。

 

どんなに善良な人間でもお金がない人もいれば自分のことばかり考えているような人間でもお金に好かれている人間もいる。両者の違いは何なのだろうか。それはやっぱりお金が好きかどうかのようだ。

 

お金がなくても幸せ

この言葉は美しく聞こえるがお金に意思があると考えるとお金を拒否している言葉にも聞こえる。

お金はないよりあった方がいいのだ。

 

この世界ではやりたいと思ったことを簡単にすぐに実現するにはお金がなくてはならない存在だ。

 

これからはお金と仲良く友達になっていきたい。

 

人との縁と同じでお金とも縁があるのだから、自分の手元へ来てくれたお金には感謝の気持ちをもって大切に

 

 

他人のために一生懸命になること

自分のことだけで精一杯。今は他人のことなんて構っていられない。そんな生き方は味気ないなと私は感じる。

 

何のためにそこまでしてるの?ってあきれられるくらいに他人のために一生懸命になりたい。

 

私はすごく自分が好きだ。その自分と同じくらい他人も好き。大好きな人のために何か自分が出来ることをやりたい。そう思うのは自然な感情だと思う。人は誰かの役に立ちたい生き物なんだ。そうやってお互いに協力しながら人間はここまで進化してきた。

 

思うように役に立てないこともあるかも知れない。失敗もあるかも。でも、役に立ちたいと行動したそれだけで本当は凄いことなのだから失敗してもいいのだ。次は上手く出来るようになりたいと繰り返せばきっと出来るようになる。

 

私以外の他人が私の影響で少しでも自分自信と向き合ってくれたらいいなと私は思う。

 

私はずっと長い間自分自信と向き合わずに生きてきた。自分が本当にやりたいことより、いつも他人の意見や視線を意識して物事を決めてきた。その他人の意見や視線だって自分で勝手に作り上げた幻なのに。本当に自分がやりたいことを考え始めたのは最近で、考えた結果皮肉にも他人の役に立つことが私のやりたいことだった。

他人の役に立つことと他人の言いなりになることは違う。

相手に好かれるように行動するのではなく自分が良いと思うことを押し付けがましくなく提供していこう。

それを相手が受け取るかどうかを決めるのは相手であり私ではない。

 

私が出来ることは私が思いつく限り相手が受け取りやすい形で提供することくらい。

 

今日も他人のために1日を精一杯活動したいと思う。神様どうか力を貸してくださいね。良いものが提供できますように。

 

みなさんの本当にしたいことはなんですか?

チャレンジする

新しいことにチャレンジするのって勇気がいる。

以前の記事でも書いたが人間は新しいことをするのに抵抗がある生き物だ。新しいこと=危険と捉えて得をするより損をしない方を選びがちだ。だけど新しいことにチャレンジをしないことで損をしていることを私たちは見落としがちだ。

本当はやりたいと思っているのに、失敗が怖くて何もやらない。どんどん時間だけが過ぎてやりたいことをやっている人を羨ましく思いながら一生が終わる。私はそんな人生はイヤだ。一度きりの人生だし、私の人生は私が主役。私がやりたいように生きたい。

誰かに変に思われるかもなど心配しない。私は私がやりたいからやる。

いいと思うことを自信をもってやる。

まだまだちょっとしたことでブレブレになる私だけどなんだかこのところ自分の軸のようなものが出来てきた気がする。

 

仕事を辞めて知らない土地へ引っ越し、折り合いの合わない親と精神的に距離を置くことを決めたからだろうか。それともヨガで自分と向き合った結果なのか。何にせよこのところ私は調子がいい。進むべき道を進んでいる感覚がある。新しいことの前で足がすくむ時はいつだって恐れずに一歩を踏み出せるように、いつも自分の心と寄り添っていたい。